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2010年 08月 25日 ( 1 )

レトロな想い

「寒いなぁ。」


これは、この間の日曜日、地蔵盆の準備のお手伝いを、「暑い!暑い!」と言いながらしようとしていた私に、お隣のご主人が言われたことです。

そのあと、
「もうじき雪降るんとちゃうか~?」と・・・。

あぁ、とうとうこの暑さで、このご主人。。。

いや、違うんですよ。
もちろん、わざとこういうジョークを飛ばしておられたのです。

確かに、「暑いなぁ。」は、もうええ加減言い飽きた!
だから、こういう言葉で挨拶すれば、ちょっとは涼しく、、、、

なるわけないっ!


この間の日記で、
京都の夏の風物詩を充分楽しめた、、、ということを書きましたが、
この地蔵盆で、子供達が、「すいか割り」などで喜んでいるのを見ると、
昔ながらの遊びも健在だなぁと、なんだかホッとしました。

家の前の公園で開かれていたので、
窓からこっそりパチリ・・・。

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私は大してお手伝いできなかったけれど、
役員の人達や、ずっと子供に付いておられた保護者の人達、
誰も熱中症にならなくてよかった~~。


この猛烈な暑さは、9月に入っても続くそうで。。。

いやいや、10月になるまでずっと暑いということも耳にしました。

いったいどうなる?! 日本列島!
下手したら、涼しくなって秋らしくなったら、即紅葉って、、、
そんなことは、あり得へん?



さて、先週の土曜日、主人と次男とで、
長男のところへ行ってきました。
といっても、昼過ぎに家を出発したので、
着いたかと思ったら、ご飯食べに行って帰るという、
大変慌ただしい滞在(?)でした。

夜遅くに京都東インターチェンジまで戻ってきて、一般道路に入り、
しばらく走って、「蹴上」を通ったのですが、
その時、なぜか突然、むか~~~しの記憶が甦ってきたんです。

それは、私がまだ小学1年生の夏のことです。

当時、学校はプール建設中で、
(それまでに、古いプールがあったのかどうかは知りません。)
私達は、体育の水泳の時間には、
この「蹴上」に当時あった、「南禅寺プール」まで歩いて行き、
そこで泳いだ(というか、水遊びをした)ということを、
急に思い出したのです。

「あの頃の夏って、今年の夏ほど暑ぅなかったんやろか?
こんなに暑かったら、学校からあそこまで歩くの、
めっちゃしんどかったんやろなぁ。」
なんてことを、車の中で主人や次男に話しかけても、
特に反応なし。。。(笑)

それで、家に着くまでの間、
そのプールのことを、あれこれひとりで思い出していたのですが、、、、

覚えているのは、
「何かしら不気味なプール。」
「プールの真ん中に、島みたいなのがつくってある。」
「着替えるところは、簡単な造り。」
「水も、あたり一面、そして空気も、なぜか全体に、『ちょっと濁った緑色』という印象が強かった。」

そんなことぐらいなんです。

ジブリの世界のような、
でも、そんなメルヘンチックでもなく、
はっきり言って、決して綺麗じゃないので、
私達生徒は、行くことをあまり喜んでなかったように思います。

ただ、行き帰りの道中、ワイワイガヤガヤ騒ぎながら歩くのが楽しく、
(当時、市電や京津線の路面電車が走っていた道を通りました。)
今思えば、先生の引率が大変だっただろうと想像します。

そんなことを考えているうちに、
あのプールのこと、すごく懐かしく思えてきたんです。


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                     (2006年7月8日撮影)

それと同時に、そのプールの近くにある、
煉瓦造りのトンネルのことも、妙に気になりだしたんです。

それで、
「プールのことと周辺のこと、ちょっと調べてみよ~~。」という気になり、
翌日パソコンを開けて、色々と検索してみました。

残念ながら、あのプールの写真は見当たりません。
でも、すごくびっくりするようなことが書いてある、個人サイトを見つけたのです。

あのプール、なんと! 京都で第一号のプールだったそうです。
「大正4年の大正天皇のご大典を記念して誕生したプールで、
面積4,600㎡の広い敷地を利用し25mの競泳プールをはじめ、
子供・女子専用プールも設けられた。」
と書いてあります。

大正4年。。。お父ちゃんが1歳の時やん。古いはずやわ。
25mの競泳プールなんて、覚えてへん。。。
私達が浸かっていたのは、子供用?
女子専用って、いったい・・・?
謎は深まるばかり。。。

小学校の水泳大会・町内会の水泳教室・国体の練習場などにも活用されたらしいですが、
昭和40年代に入り、施設の老朽化による水漏れ、疏水の水質汚濁の進行、
各学校のプールの設置などで利用者が少なくなって、
昭和48年に廃止されたそうです。

う~~ん。。。
あのなんとも寂しげな印象そのままの、最後の幕切れやったんかぁ~。

このHPの中に、
「南禅寺プール跡」と題して載せてある写真を見つけました。
それを見たくなり、行ってきました~~。

気になりだしたら、いてもたってもいられないこの性分。。。
クソ暑い中、実家の帰りにちょっと遠回りして、
チャリをぶっ飛ばし、、、いや、この暑さなので、ぶっ飛ばすことはできなかったけど、
ハァハァ言いながら向かいました。

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(きょうの日記、ここまで写真が少ないので、やむを得ず、サイちゃんを登場させてます。ご了承くださいませ。)


トンネルの近くにある温度計が、
まだ午前中というのに、「35度」って、堂々と知らせてました。
(あまりの暑さに、それを写真に撮る気にもならなかった。)


これが、そのトンネルです。

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そんなに長くないんですよ。

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調べていて、初めて知ったのですが、
このトンネル、「ネジリマンボ」というそうです。
「マンボ」は、「トンネル」を意味していて、
アーチになった天井は、煉瓦がらせん状に組まれていて、
ねじれて見えることから、そう呼ばれているそうです。
煉瓦をまっすぐ積むよりも強度が増すので、
こういうトンネル工法にされたようです。

中に入って、ねじれている様子を見てください。

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学校からそのプールへ行ってたのは、40年以上前のことなので、
どこにそのプールがあるのかわからなかったのですが、
上に書いたHPの中に、
このトンネルを抜けたところに、南禅寺プール跡があるということが書いてあったので、
ちょっとワクワクしながら、トンネルをくぐりました。

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そうそう、これが、あのHPに載っていた写真と同じ鉄格子の門やわ!
もちろん中は、当時の跡形もないけれど、
この中に、そのプールが存在していたらしい、、、

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この中を、小学1年生だった私が歩いて行ったんやなぁ。
40年以上前のことだと考えると、
この場所が、何か特別な、神聖なスポットに思えてきました。

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鉄格子の門の中をのぞき、厳しい暑さをちょっぴり忘れ、
しばらくの間、当時プール遊びをしていた情景を、心の中で思い描いていました。


このプールのことを調べている時に、
いくつかのブログで、
「水が緑で不気味なプールだった。」とか、
「底もぬるぬる、藻でこけそうになった。」とか、
そういうことが書いてあるのを見つけました。
うんうん。そのとおり。。。
あのプールに対する印象に、共通点があります。
おぼろげな私の記憶は、結構正しいのかもしれません。

ますます、プールの写真を見つけたくなりました。

ところで、最初のトンネルの写真で、
入り口の上にあった文字ですが、、、

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これ、右から「雄観奇想」と書いてあります。
琵琶湖疏水の事業を計画した、当時の知事、北垣国道が書いた文字だそうです。
「雄観」は「優れた眺め」、「奇想」は「思いもよらない考え」ということで、
琵琶湖疎水が完成した姿を「雄観」という素晴らしい景色として讃え、
電力、水運、上水道に利用する水の多目的な利用を「奇想」という思いで文字に書いた、、、
と解釈されることが多いようです。

このトンネルの上には、インクラインが通っています。
インクライン(傾斜鉄道)というのは、、運河や山腹など、傾斜となった路面で、
貨物を運搬するためのレールや機械のことで、
このインクラインも、高低差のある蹴上の舟だまりと南禅寺の舟だまりを結ぶ傾斜地に、
上下2本のレールを敷いて、台に乗せて舟を運んだそうです。

はっ。。。
インクラインも写真撮ろうと思ってたのに、
汗が噴き出し、クラクラしているうちに、
頭の中から、スッコ~ンと抜けてしまってました。
あれだけ暑いと、思考能力というか、思い出そうとする力が、
かなり鈍ってしまうのかなぁ?
いやいや、「暑さに限らず、いつもボケボケや。」と、
家にいる約一名のおっさんから突っ込まれそう。。。

来年の春になったら、満開の桜をバックに、撮りに行ってきますね!
(これも、忘れたりして~。)

そのインクラインですが、なぜ必要だったのか、
そして、実際どんなものだったのか、いまいちわからない。。。

わかりやすく説明してあるところを、色々探して、
ここを見つけました。
興味深い、当時の写真も載っているので、
時間のある時にどうぞ!


ここにも書いてありますが、
北垣国道に見出されて、工事の責任者となったのが、田邉朔郎です。
彼は、琵琶湖疏水の工事が進む中、
アメリカの水力発電施設を視察し、電気の時代の到来を確信して、
疏水事業の目的に水力発電を加え、
日本で初めての事業用水力発電所、第1期蹴上発電所がつくられました。

それが、これです。

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プールへ行く時に、このクラシカルな建物に、
子供心ながら、なんとなく惹かれたことも、思い出します。


ひょんなことから、子供の頃体験していた不思議な世界を思い出し、
それがもとで、琵琶湖疏水、インクラインのことを調べたりして、
気分はまるで、夏休みの自由研究をする小学生のようです。

といっても、図書館へ行ったりしたんじゃなく、
PCで検索しただけやけど。。。




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                         (2006年9月9日撮影)

「おかっしゃん。思い立ったらすぐ実行したり、
色々調べまくったりするの、なかなか偉いと思うけれど、
この暑さの中、自転車で走り回るのは、
ちょっと心配やワン。
もうちょっと自分の年齢というものを、考えるべきやワン。」

サイちゃん、心配してくれてありがとう。
この頃、保冷剤を首に巻いて、しっかり紫外線対策もしてチャリ乗ってると、
2年前の今頃、毎日こうやって病院通ったこと、思い出すねん。
病室に入って、お父ちゃんのベッドの横のクーラーの冷風に、
思い切り当たってたなぁ。
でも、あの時の暑さの方がマシのような気がする。
やっぱり、今年の暑さは異常やわ~。

by sai-n.1020 | 2010-08-25 16:28 | 風景