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ただひたすらに、ありがとう。

皆様、素敵なクリスマスをすごされましたか?
私は、ブログを長いこと休んでしまいました。
たくさんの書き込みをしてくださっていて、本当にありがとうございます。
返事を書く前に、久々の日記を書くことをお許しください。




実は、去る19日の昼過ぎに、
最愛なる母が、81歳で永眠いたしました。


こんな個人的なことを、ネットという広い世界の上で書いていいものか、
かなり悩みました。
まして、皆さん、気忙しい中にも新年に向かって、
気持ち新たにと、思っておられる時期なのに、
暗すぎる話題です。
パソコンの存在さえよく知らなかった母ですから、
天国からでも見るなんてこと、しないでしょうけど、
ひょっとしたら、誰かに教えてもらって見るかもしれないので、
母に許してもらって、天国に捧げるつもりで、私の想いをつづっておこうと思います。
かなり暗くて、長い日記になりそうですが、
よろしかったら、しばらくお付き合いください。 


母は、4年前に転倒し足を骨折して1ヶ月半入院して以来、
少しずつ、体の衰えを感じられるようになってきました。
初めのうちは、本当に少しずつでしたが、
約2年近く前ぐらいからは、あまり外出しなくなってしまい、
それとともに、頭の方も次第に働かなくなっていきました。

今年の9月頃までは、手すりなどにつかまりながらも、
家の中をゆっくりではありますが、歩いていました。
それが座ったままになり、
やがて一日中ベッドの上での生活となってしまいました。

そして今月に入り、ついこの間、少し具合が悪くなり、
抵抗力もなくなっていたためか、肺炎にかかってしまったのですが、
入院は絶対にいやだと母の言うことを尊重し、
毎日かかりつけのお医者様が点滴に来てくださっていました。
そして、18日に初めて「とろみアップ」を使って、ジュースなどを口に入れると、
「おいしい。。。」と言っていたので、もっと買うつもりでいたのです。
肺炎も一旦おさまっていたので、このまま元気を取り戻してくれたらと思っていたところ、
19日に再び咳が出るようになりました。
最近は毎日実家へ行ってた私ですが、大抵昼からだったのが、
なぜかこの日は、「朝から行った方がいい。」と誰かに急かされる思いがして、
9時過ぎ頃、チャリに乗り向かいました。
その日着て行ったのが、
かなり前に母が、自分が着なくなって私にくれたカーディガン。
2年ほど着ていなかったのに、なぜか「これを着よう!」とこの日の朝決めたのも、
今思えば何かの知らせだったのかもしれません。

そして実家に着くと、姉が、
「さっき、おかあちゃんが、『○○○~。』って、あんたの名前呼んではったで~。」
と言うので、
「ほんまにぃ? ありがとう、呼んでくれて。」と言って、笑っていました。
そして、しきりに、お布団や毛布が重いと言う母のために、
姉が近所の店に軽い毛布を探しに出かけていきました。
母の部屋で二人きりになって、
「見て~。このカーディガン。前におかあちゃんがくれたやつやでぇ。」
と言って見せたら、
「ふぅ~ん。ええやん。」って、ゆっくりうなづいた母。


そのあと、容態が急変したのです。


その日の2,3日前から、確かに弱ってはいたし、
年を越せるかどうかはなんとも言えないと、その頃になると、先生もおっしゃっていたのです。
でも、母が、、、そんなこと、、、と思いたくなかったし、
まさかこんなに早くこの時がくるとは、、、、

でも、、、、
あまり年末になってしまうと、
ただでさえ忙しい時期に、皆に申し訳なく思い、気遣ったのか、
あるいは、2ヶ月前に逝ってしまった叔父(母の弟)が、
年末年始ひとりで過ごすのが寂しくて呼んだのか、
ちょっと先を急いだようです。

できることなら、まだまだ長生きしてほしかったです。
でも、やせ細った、自分で思い通りに動けない体で、
これからもっともっと寒くなる冬を過ごすのも、
ひょっとしたら、母にはかなりつらかったかもしれません。
、、、、、なんて、勝手な私の思い込みかもしれないけれど。


わけがわからないままに、告別式もすみ、
力が抜けたような、でもまだ気が張ったような、、、、
実家へ行って、「あぁ~~、ここにまだおかあちゃんが座ってはるみたいやん!」とか、
「こういう時は『○△□~!』って言うたはったなぁ。」とか言いながら笑ったり泣いたり、
ちょっとしたことで、すぐ母の顔が思い浮かぶたびに、
じわ~~っと視界がぼやけてきたり、、、、
なんだか異様にテンションの高い毎日を過ごしている気がします。


私を36歳で生んでくれた母。
3人の娘、7人の孫、2人のひ孫に囲まれ、
皆から愛された母。
元気だった頃は、身軽で、
思い立ったらすぐ!という気性で、
70年の万博の時など、急に夕方から私を連れて行ってくれた母。
ピアノが大好きで、
私が出る発表会、開く発表会を楽しみにしていた母。
転倒した時は、「大丈夫やし!」と、骨折しているのにもかかわらず、なかなか病院へ行こうとしなかった母。
子育て、孫育てが一段落してからも、
特に趣味もなく、孫やひ孫の成長が楽しみだった母。
最近になって、私が帰ろうとすると、ベッドの上で、
「もう帰るんか?また来てや。
あんた、自転車やろ? 気つけて帰りや。」
と私を見上げながら言って、手を握りしめてくれた母。

思い出せばきりがない、母との思い出。
若かった頃の母から、
弱ってしまってからの母の色々な姿や言葉が、
映画のワンシーンがどんどん回想されていくように、
頭の中をよぎります。

息子達は、母を最後に見たのが夏休みだったので、
棺の中の母があまりにも細くやつれていたことにショックだったようで、
告別式には号泣していました。
ふたりとも、母には大変可愛がられていて、
まだ小さかった頃には、私がレッスンに出かけて預けていた時、
責任を必要以上に感じて、
必死で面倒をみてくれていました。
そんな頃の生活を、ふたりはよく覚えています。

告別式の初めと終わりには、
母の好きなショパンのピアノ曲を、姪達がCDから選んでくれて、流しました。
おかあちゃん、また弾いて聴かせてあげるし。。。


残されてしまった92歳の父は、
ずっと母のそばに座り、涙を流していました。
二人で出かけるなんてことがなく、
しみじみ会話をしているところも見たことがなかったのに、
あんな父親の姿を見て、初めて夫婦の絆というものを感じました。

私が聞いた母の最後の言葉は、、、、
床ずれを増やさないために横向けに寝かせていた背中をさすっていたら、
「もうええわ~。」と言った、その言葉でした。


おかあちゃん。
私達三姉妹を産んでくれてありがとう。
おかあちゃんが私らを産んでくれたから、
○○ちゃんをはじめとして、孫やひ孫に恵まれたんやで。
小さい頃から、ピアノを習わせてくれてありがとう。
息子達の面倒を見てくれてありがとう。
そしてそして、、、いっぱいほんまにありがとう。



こんな湿っぽい日記を読んでくださって申し訳ありません。
毎日母の様子を見に行き、帰宅して、食事の後片付けをしたあと、
「要らんこと考えんように。。。」とパソコンを開き、
こうして皆さんとネットの中でおしゃべりして、
気持ちが少しでも明るくいられたこと、
改めて感謝いたします。


サイにもかなり助けられました。
そのサイ、なんと母が亡くなった日から、
1年以上ぶりに、赤丸が始まったのです。
思い切り抱きしめて慰めてもらいたいのですが、
残念ながら、夜は「玄関犬」となってしまいました。
ただひたすらに、ありがとう。_c0049950_10595455.jpg
これは、母が亡くなる前の日の深夜に撮ったサイです。
まだこの時は「夜だけ室内犬」でした。
寝起きの、腫れぼったい目をしています。
ここ何日かの、私の朝の目と同じです。
夜お布団に入ると、、、母の色々な顔が目に浮かんでくるからです。



BBSに、可愛いクリスマスカードを貼ってくださった方、
あるいは、すでに年賀状を送ってくださった方、
「しまった~!」なんて、決して思わないでくださいね。
あんな素敵なカード、すごく嬉しかったです。
私の方から、カードをお贈りできずにごめんなさい!
年賀状も、私自身、印刷しようとしていたところでしたから。。。
そして、たまたまメールをくださったことなどがあって、知らせることになってしまった何人かのお友達、
励ましてくださってありがとう。

by sai-n.1020 | 2006-12-28 21:41

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