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虚しさをふっ飛ばしたいけれど

気がつけば、今年もあと1か月余り。
なんて、月日の経つのが早いことでしょう。


皆様、心温まるコメントの数々を、どうもありがとうございました。
たくさんの方が、「そろそろ疲れが。。。」と心配してくださっていますが、
何とか今のところ、元気にしていますので、ご安心くださいね。

とは言っても、
母が亡くなった時とはちょっと異なった、
なんとも表現しがたい虚しさに苛まれています。

毎日涙を流す。。。という状態ではないのですが、
実家へ行くと、、、、、
まだまだ元気で、いつもの定位置に座っていた姿や、
押し車でゆっくりトイレへ向かっていた姿、
ベッドで口を開けて眠っていた姿、車椅子に座っていた姿、、、、
思い浮かべては、どうしようもない空虚さが襲ってきます。

まだそこにちゃんと存在している気がしてならないんです。
「気がして」じゃなく、実際、絶対母と一緒に、御霊となって、
私達を眺めてくれているのに違いないと思っています。

だから、虚しい気持ちになるのがわかっていても、今もしょっちゅう実家へ行っています。
姿がなくても、一緒にいられる気がして。。。
帰る時は、二人が、
「ドン臭いんやから、自転車気をつけなあかんで。」
って、声をかけてくれているような気がします。


先日ちょっと探し物をしている時に、古いアルバムを見つけたので、
ついつい、見入ってしまいました。

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これは、全く覚えていませんが、
姉ふたりと私と、そして父と、動物園へ行った時の写真のようです。


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そしてこれは、幼稚園の「父の日参観」の日に、家を出るまでにお花を付けているところです。
左の前にいるのは、一代目マリちゃんです。
この頃は私も可愛かった~。


実家でも、それはそれは古~~い写真を見つけました。
軍服を着て、馬に乗ってる写真とか、
合わせて、母の「少女時代」の写真とか、、、


へへへ、、、
来月で、逝ってしまって2年経つ母と一緒に、
「お前らなぁ。わしらの若い頃の写真見て、笑いすぎやぁ。」
って言ってるかも。。。


またこれから当分の間、
日記で、父の思い出を語るかもしれませんが、
どうか、ウンザリなさらず、聞いてください。




さて、先週あたりから、急激に冬に突入した感じですが、
こちら京都の街の中は、紅葉見物の人が半端じゃないほど多く、
すっごい道の混みようで、
自転車に乗っていて、優越感を感じてしまいます。

ゆっくり見に行くのは来年に回すことにして。。。

先週、近所の友達に誘われ、
叡山電車に乗って、ライトアップの紅葉を楽しんできました。
その友達は、2週間前に、愛犬のミニチュアダックスフントを亡くしたばかりなんです。
サイより1歳若い13歳でした。
急なことで、亡くなった日の友達の様子は、、、
皆さんがご想像されるとおりでした。
でも、飼い主の手を何も煩わせることなく、
本当に飼い主孝行な子やった、、、と彼女は数日後話していました。
というわけで、ふたりで「傷心紅葉見物」をすることに~。

どうせなら、パノラマ電車にちゃんと座って見ようということで、
わざわざ一旦出町柳まで出て、
距離のわりに結構高いと評判(?)の運賃を払い、、、
貴船口まで乗りました。

市原から二ノ瀬の間、車内の電気が消え、
幻想的な紅葉のトンネルが展開されるのですが、、、

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あ、あかんわ。
うまいこと撮れへん。。。
焦っているうちに、車内の電気が点きました。(笑)

あまりにもあっけなかったので、貴船口で降りた私達はそこからバスに乗り、
入るわけでもないのに料理旅館街を、並んでいる灯篭に沿って、しばらく歩き出しました。
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実はこの日、今秋(今冬?)一番の寒さで、
少しでも体を温めるために、とにかくぺちゃくちゃ喋りっぱなし!
「どこが、傷心紅葉見物なん?」って感じで・・・。

貴船神社まで行けばよかったのですが、
あまりに寒いので断念。。。

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貴船口駅へ戻って、美しくライトアップされているのをパチリ、、、

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デジ一を持っていたら(なお且つ上手く撮れる腕も)もっと美しく写せたのですが、これで我慢してくださいね。
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そう言えば、去年の今頃、主人と鞍馬山を登り、しんどいながらもいっぱい写真を撮ったことを思い出しました。

自宅から最寄り駅に戻った私達は、暖を求めるべく、
最近近所にできた、たこ焼き屋さんに入り、
アッツアツ~のたこ焼きに、チューハイという、
関西のおばさん丸出し~な取り合わせで、
しばし、お互い、亡き父、亡き愛犬の話に、花を咲かせたのでした。


この日乗った叡山電車ですが、
昭和54年から走り続けていた600系車両が引退するということを、先月の新聞記事で知り、
「これは写真を撮りに行かねば!」
と思っていたのですが、、、
調べたら、「さよなら運転」が、今月の1日に行われていたらしい。。。
11月1日と言えば、、、父が救急車で運び込まれた日でした。
それどころじゃなかった。。。

代わりといってはなんですが、
えっと、、、今から15年ほど前のことだと思いますが、
さらに古い車両(何系なのかは不明)が引退するということで、
息子と記念写真を撮っていたのを、居間に飾っているので、
それを見てくださいね。

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幼い頃から怪我の多かった長男。この時も手にギブスが。。。
ふたりとも、叡山電車にはすごくお世話になりました。
この古い車両のことを、ふたりは「ボロ電」と呼んでいたものです。
悪い意味じゃなく、親しみを持ってのことなんですけどね。

ふたりとも。。。この間は慌てて帰って来てくれてありがとう。
おじいちゃん、きっとちゃあちゃんと一緒に、(孫達は、母のことを「ちゃあちゃん」と呼んでいました。)あんた達のことも見守ってくれてはるで。


人間も、電車も、なにもかも、、、、
いつかは老いて滅び行くものなんだなぁと、
この寒い時期と相まって、しみじみと感じてしまいました。

あ! でも!
夜の紅葉を見に行った翌々日、仕事が遅番だったので、先に散歩出かけ、
久しぶりに、、、多分数ヶ月ぶりに、明るいうちに歩き、
澄んだ空の下、清々しい気持ちに浸ることができました。

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サイ子~。めっちゃいい天気で、気持ちええなぁ。


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西日をバックに。。。


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そしてこれは、西日をまともに正面から浴びたサイ。


まだまだ思い巡らすことがあるけれど、
残された私達は、残された命を大切に、
そして、一日一日を大切に、
父と母に見守られながら過ごしていこなぁと、
サイに語りかけて。。。

語りかけながら、少しでも気持ちを明るくしようと、
時々歌を口ずさむことも、、、、
というのは、最近これを持参しているのです。
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ちょっとわけがあって、主人に買ってもらいました。
別に、主人に「やましいこと」があるわけではないですよ~。(笑)

まだでっかいウォークマンが出たての頃、父に買ってもらったことも思い出してしもた。。。



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「おかっしゃん。おかっしゃんのお母さんが亡くなったあとも、
泣いたり笑ったり、変なおかっしゃんやったけど、
この頃の散歩中も、ちょっと『変なおばさん』やでワン。
この間なんか、突然おかっしゃん、大きな声で歌いだすから、
すれ違った人がびっくりしてはったワン。
まぁ、泣いてばっかりの暗~いおかっしゃんよりかは、マシやけどワン。
それにしても、その『はいてんしょん』なまま、ワタシをこんな顔にせんといてほしいワン。」
サイ。。。
なぁんか気持ちが定まらんねん。
「手持ち無沙汰」というか、
まだやらなあかんことがいっぱいあるような、それでいて実際何をしたらいいかわからんような、変な気持ちやねん。
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by sai-n.1020 | 2008-11-24 21:35 | Comments(16)

母のそばへ

ちょっと間があいてしまいました。
昼間暖かくても、朝晩ぐっと冷え込むようになりました。


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毎朝散歩中通る賀茂波爾神社の前に、下鴨神社の「七五三」のポスターが貼られています。
毎年こんなの、貼ってあったかなぁ・・・?
ヤタガラスが、ちゃんと晴れ着を着てますね。



この間の日記を、「亡母が父に向かって『娘達にありがたく思わなければ・・・』と言っているだろう。。。云々」というところで書き終えたところでしたが、、、、

その言葉を聞いて父が、
「ちゃんとありがたく思ってる! でもあまり長いこと世話になってられへんなぁ。」
と思ったかどうだかわかりませんが、、、

3日に、穏やかに息をひきとりました。
94歳。私の年齢の、ちょうど2倍!
大往生と言うべきでしょう。


1日の土曜日、午前中から実家に行ってました。
「おきまり」の足湯やマッサージetc.をしていたのですが、午後から目を閉じたまま、全く起きようとしなくなりました。
痰の出方も、前日よりひどくなり、ちょうど知人から借りていた、血中酸素濃度測定器を指に挟んで計ってみたところ、、、
ちょっと目を疑いたくなるような値まで下がっていたのです。

それからがバタバタ状態になり、8月3日に続き、再び救急車に乗り、10月初めに退院した病院に運ばれました。

救急救命センターでの診察と検査が終わり、主治医の先生も駆けつけてくださり、即、前回と同じ病棟での入院となりました。

看護師さん達との再会。。。「1ヶ月近く、よくお家で看てこられましたね。」と声をかけてくださいました。

レントゲン等の検査の後、ちゃんと目を開けて、意識もしっかりしていたので、
「きっとまた、あの根性と底力で、しっかり復活しはるわ~。」
と皆で話し、実家ではなくまた病院へ通うことになるなぁ、、、と思っていました。

そして翌日の昼過ぎ、チャリをこいで行き、真ん中の姉と交代し、夕方上の姉とバトンタッチ。
一旦帰ったのですが、夜になって姉から電話が。
再び撮っていただいたレントゲンと、運びこまれた時の検査の結果、あまり思わしくないと。。。

今度は主人と車でかけつけ、看護師さんが「どなたか泊まれたほうが。。。」と言われたので、翌日の都合を考えると、私が泊まるのがベストだったため、病室に残りました。


それから夜中の間の父の姿。。。
これは一生忘れられないと思います。
いや、、、決して、暴れまくったとか、苦しみぬいたというわけではありません。
ただ、酸素マスクをしてはぁはぁ息をしながら、
1~2時間おきに入って来られる看護師さんが体の向きを変えてくださって、
背中の「じょくそう」がお布団に当たらぬよう横を向いて寝ているだけの姿なのですが、
どう表現すればいいかわからない、何とも言えない気持ちで一晩過ごしました。

その時感じたのが、幼い頃、父と母と3人で、川の字になって寝ていた時の懐かしい思い。
あの頃、私の左に父、右に母が寝ていて、病室でも私の左にベッドがあったので、
右側の壁のあたりから、母が眺めているような気持ちになり、
「おかあちゃん、そろそろおとうちゃんを呼びに来たんかぁ?」
って話しかけていました。


酸素濃度がなかなか上がらず、血圧も低くなり、
入って来られる看護師さんが、「ちょっと状態がよくありませんねぇ。」と言われ、強心剤を投与され、心電図も設置されるので、
「もう皆を呼んだ方がいいですか?」と聞くと、
「今すぐというわけではありませんが、朝になったら、、、」とのこと。
明け方になり、姉達にその旨メールで伝えました。
電話をかけたら、きっと慌ててしまうから。。。


それから姉達に続き、甥や姪、私達姉妹の主人が続々駆けつけました。

おとうちゃん、、、うまいこと休みの日を選んで、なかなかやるやん。

主治医の先生が、病室に入って来られるたびに、
「すごく頑張っておられます。本当にすごいです。」と驚かれるほど、
高齢にもかかわらず、驚異的な粘りを最後に見せてくれました。

そして、、、、最期は苦しむことなく、、、


息をひきとってしばらくしたら、
あの頑固な父が・・・?と思うほど、穏やかな顔に変わっていきました。


私の息子達は、残念ながら最期には間に合わなかったけれど、
父のおかげで、お正月以来久しぶりに家族4人揃いました。

あとで看護師さんが言っておられた話によると、
8月に救急車で運ばれた時点では、再び家に帰れるような状態ではなかったそうです。
本人も、入院してすぐ、「遺影の写真!」と言っていたほどです。
実際、退院してからは1ヶ月足らずだったけれど、
そして、口から物が入らなかったけれど、
あのまま逝ってしまうのではなく、少しでも家族と過ごせてよかった、、、
と考えたいけれど、それは、こっちの勝手な解釈?
ああしてほしい、こうしてほしい、と訴えていたことを、もうちょっと聞いてやればよかったとか、最後に舌の上に好きだったものを含ませて、「口で味わう」ということをさせてやりたかったとか、、、、
後悔すればきりがありません。


ちょうど晴天の日が続いた時に告別式が無事終わりました。
その日の夜は「涙雨」が降り、それを境に寒くなりました。


病院へ運び込まれる数時間前のことですが、、、

父が目を閉じたまま、しばらく見せたことのなかったような、満面の笑みを浮かべたのです。
本当に嬉しそうに微笑んだのです。
あれは絶対母が、父の前に現れたのに違いないと、私達は確信しています。
「まだまだ生きたいって気持ち、そりゃわかりますけど、そろそろこっち来はったらどうどす? ○も△も□も(私達三姉妹の名前)3人とも、相当疲れてまっせ。」
とでも、声をかけたのかもしれません。


確かに母が言うとおり(?)皆疲れていることは否定できません。
でも、、、
こんな急に逝くとは思っていませんでした。
長丁場になりそうだから、お互いの体を労わって、無理のないようにやっていこうって言っていた矢先でした。

あれだけ、介護は大変だと思っていたけれど、
今、父を車椅子に座らせようとしても、ベッドに横になっていません。
手足が固まらないように、我流でマッサージしたあと、手を引っ張って「UFO」の振り付けをしようとしても、
喉でからまった痰を吸引しようとしても、
PEGから栄養剤を注入しようとしても、、、、


おとうちゃん、いいひんやん!

まだ喋りたかったなぁ。
私の知らん、おとうちゃんの幼い頃の話、聞きたかったし。
我を通す、どうしようもない頑固者やったけど、
あの、訴えるような眼差しをまだ投げかけてほしかった。


おとうちゃん、今の私の年齢で、私をこの世に送り出してくれてありがとう。
病院でも、在宅介護生活になってからも、あまりにも無理なことを言った時、
かなりキツいこと口走って、ほんまにごめん。
ひょっとして、、、今、、、
おかあちゃんにキツいこと言われてるんと違うか~?
ふたりで仲良う、私達を見守っててや。



皆さん、今まで元気付けてくださったり、励ましてくださったり、
色々お心遣いしていただいたこと、心から感謝します。
ありがとうございました。
そして、母が亡くなった時と同じように、
たまたまメールしてくださったりして、知らせることになってしまったお友達、
労わりのお言葉をくださってどうもありがとう。

今、ご両親の介護生活真っ只中の方、あるいは看病されている方、
おつらいとは思いますが、亡くなってしまったらもう向き合うことはできません。
いつかは迎えるこの時まで、どうぞお大事にしてあげてくださいね。
ご自分のお体を、くれぐれも労わりながら。。。


我が家の老女は、、、、


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ガレージの奥まで差し込むお日様の光を浴びて、昼間はぐっすり眠っています。
近所の友達が声をかけてくださっても、目を覚まさないらしい。。。
熟睡しているのもありますが、かなり耳が遠くなっているようです。

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カメラを構えてもこのとおり、、、
気づきません。


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あっ、やっと目を覚ました?


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「おかっしゃん。私よりも80歳年上のおじいちゃんが、とうとう亡くなってしもたんかワン。
確か春頃に、久しぶりにワタシの家に来たいって、言うてはったらしいワン。
でもその時、おかっしゃん、『うちの家には手すりもないし、おとうちゃん無理やわ!』って、キツいこと言うてたそうやなワン。
可哀想やワン。せめて、『またいつか来てや~。』って言ってあげればよかったのにワン。」
サイ、、、そのとおりやわ。
絶対うちに来るなんて不可能やったし、ついあんなこと言うてしもて、、、
最後にうちに来たのって、、、いったいいつやったやろ・・・?

またもや。。。
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by sai-n.1020 | 2008-11-15 23:16 | Comments(30)